【ネタバレ観劇感想】ミュージカル『さよならソルシエ』
評判は聞いていたのですが「さよならソルシエ」素晴らしかったです…!
大変お恥ずかしながら、
今回漫画の原作も読まず、初演も拝見したわけでもなく
「評判も良いし、主演二人の演技が見たい。」
という理由でチケットを取ったのですが、
舞台の雰囲気も、キャラクターも、曲も内容も魅力的で、
非常に自分の水に合う素敵な作品に出会えたな…!
と感慨を噛み締めております。
『さよならソルシエ』あらすじ
まず以下あらすじを舞台の公式のHPから引用させて戴きます。
舞台は19世紀末のパリ。のちの天才画家フィンセント・ファン・ゴッホとその弟で、画壇界を席巻する天才画商のテオドルス・ファン・ゴッホ。
兄と弟、二人のゴッホの確執と宿命、そして絆を描いた奇跡と感動の物語。
生前、1枚しか売れなかったゴッホが、なぜ現代では炎の画家として世界的に有名になったのか…。その陰には実の弟・テオの奇抜な策略と野望があった!
原作は穂積先生が描かれた同タイトルの漫画。
2014年の「このマンガがすごい!」
の中でも選ばれています。
「実はフィンセント・ファン・ゴッホの生涯は、兄の才能を世に広める為に、弟のテオドルス・ファン・ゴッホが捏造したものだった。」
と言う斬新な切り口。
そして、この『さよならソルシエ』で描かれるフィンセント・ファン・ゴッホは簡単に言うと世間的にイメージされる天才画家ゴッホのイメージとは真逆のキャラクターに設定されています。
この記事を読んでくださる方に
漫画を読んだ方も、初演を観た方もいらっしゃると思うのですが、
重ね重ね、全く初演も漫画も触れておらず、予備知識が無い状態で再演を観た者の感想だと思って読んで戴けると幸いです。
才ある2人の兄弟の愛情の物語
フィンセントは画家として、
テオドルスは画商として、
互いに見事な才能を持っており、
彼らは兄弟として互いの才能を尊敬しているし、互いを愛しています。
しかし、少々テオドルスとフィンセントの互いの尊敬と愛情の方向性は異なっている気がします。
万物を美しく尊く思い、世界の全てのものへの広い愛情の中で少し特別な色を持つのがフィンセントのテオドルスに対する愛情。
しかし、テオドルスは他の者への愛情も持ち合わせていますが、フィンセントに対する愛情は唯一のものであり、同時に一括りでは括れない位複雑に入り組んでいる気がします。
「画家になりたい」と言う夢を捨てざるを得ない位の兄の絵画に対する才能への嫉妬。
同時に兄の絵画に対する恋愛にも近い感情。
誰よりも兄の才能を愛していたからこそ、才能に頓着の無い兄に対する憎悪。
そして…才能すら関係のない次元での兄に対する愛情。
最初はテオドルスは兄に対して嫉妬をしているのか、兄の才能に対して嫉妬をしているのか解りませんでした。
でもそれはもしかしたら両方だったのではないか…と私は思ってしまいます。
曲解かもしれませんが、テオは兄の美しい世界の中の特別な存在になりたかった様にも感じます。
世界の全てを美しいと感じる兄に”兄弟”という関係性があっても特別に映ることはさしてない。だからこそ、兄の目の前で死のうとした。
「兄の才能をここで潰す位なら自分が死ぬ。」と言うのも最もですが、兄の目の前で死ねばテオドルスは兄の特別な存在になれる。
テオドルスを見ていると
「愛憎」と言う言葉を思い出します。
愛するが故に。
愛し過ぎるが故に
憎い。
恐らく1番強過ぎる愛情。
テオドルスはそれくらいフィンセントの才能もフィンセント自身も深く愛していたのではないかと思うのです。
フィンセントの前でテオドルスが死のうとした一件でフィンセントは己の才能を、価値を、使命を自覚すると同時に、テオドルスに対する愛情は彼の広い愛情の中での色も褪せることが無い位濃い特別なものになった気がしますし、最終的にフィンセントはテオドルスの方向を向き彼の愛情に報う形になります。
しかし、双方の愛情が同じ方向を向いた瞬間はいささか遅かったし、交わる瞬間は本当に短かった。
フィンセントがテオドルスへの想いを綴った最期の手紙を、テオドルスが読むシーンは涙が止まりませんでした。
生ピアノと美しい光で紡がれる芸術の世界
ミュージカルと言えど、カラオケでもオーケストラでも無く生ピアノの伴奏だけで紡がれる音楽で出演俳優さんが歌う。
出演者のインタビューでも描かれていたのですが、ピアノだけで歌い上げてミュージカルを構成すると言うのはとても難しいことは想像に難くありません。
とにかく音が薄いから誤魔化しがきかない。
しかし、そんなことを全く感じさせない主演の良知さんと平野さんの歌唱力の高さに本当に驚きました。
良知さんは歌が上手いのは知っていたのですが、平野さんの歌の上手さよ…!
元々声が良いとは思ってましたが、歌も伸びが良いし聞き取りやすいし…
実は舞台で色々な役は拝見していたのですけど、歌う平野さんはお初で。
「こんなに多才で良いのか!?」
と観ながら思ってしまいました(笑)
演技も言わずもがな両者ともとても素晴らしかったです。
良知さんのテオドルスは賢く素晴らしい慧眼を持つ少し異端なエリート。帽子さばきや、シュっとした佇まいがとても素敵なのですが、兄に対しての様々な感情の見せ方がとにかく上手い。
そして、平野さんのフィンセントも全ての事象に身を委ね、任せ、余り自発的に動こうとしないが、おっとりかつ不思議な雰囲気と空気感の醸し方がとにかく上手い。
脇を固める俳優の方々も実力のある方々ばかりでしたし、
同時に照明の使い方やマッピングの使い方がとにかく美しくて…
西田さんの演出作品は初めて拝見したのですが、別の舞台作品もとても観てみたくなりました。
美しく紡がれるピアノの旋律に乗せて、素晴らしい歌と、演技と、空間の中に作り上げられる全てが芸術作品の様な舞台。
その美しい空間と美しい話にひたすら涙が零れました。
再演は今の所配信はあれど、DVD化の予定はないようなのですが。
初演はDVD化されています。
また、1つとても素晴らしい作品に出会えたことに感謝しかありません。
是非また再再演をして欲しいなあ…。
色々な人にあの美しい世界を目にして欲しいなあ…。
と身勝手にも思ってしまう様な本当に素敵な作品でした。